漢方嫌いであった医師による漢方の魅力を語るサイト
 

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漢方薬って本当に効くの? 移植免疫の立場から

漢方薬の有効性を人に理解させるために

漢方薬が効くこと、そして西洋薬剤とは別の引き出しで処方できることは臨床が好きな医師にとっては最大の魅力のひとつです。病名投与しかできない西洋薬剤と異なり、病名が不明でも処方できることが大きな利点です。また一剤で多くの病気や訴えがなおることは私自身の例を含めてもよく体感することです。そこで10年前のわたしのような漢方嫌いで生理的に漢方を拒否している医師達にこんな魅力ある漢方薬をいかに説明し納得してもらうかを考えました。自分の土俵で漢方薬の有効性を論じるためにまず基礎領域では移植免疫学の実験研究に漢方薬を用い、臨床では血管外科領域を訪れる患者さんの病気にターゲットを絞り有効または無効の臨床研究を行いました。

移植免疫の領域で漢方薬を

わたしたちの研究室ではマウスの心臓移植モデルで実験を行っています。20グラムのマウスの心臓を別のマウスのおなかに手術用顕微鏡を用いて移植します。ドナーの上行大動脈とレシピエントの腹部大動脈を端側吻合、ドナーの肺動脈とレシピエントの下大静脈を端側吻合します。手術時間は40分前後で移植後すぐに心臓は拍動します。ドナーを黒ねずみ(C57/BL10)、レシピエントを茶色ねずみ(CBA)とすると移植された心臓の拍動は中間値として7日後に止まります。中間値とは拒絶された日を横に並べてその中間の値です。

ウルソデオキシコール酸をネズミの心臓移植に

江戸時代に漢方薬、民間薬として流行した熊胆(ゆうたん)の有効成分はウルソデオキシコール酸ということが昭和2年にわかり、その構造式が昭和11年に決定され、そして生化学的合成法が昭和29年に確立されて、ウルソという商品名で昭和32年に発売されました。このウルソデオキシコール酸を移植当日のレシピエントねずみに一回だけ静脈内投与しました。すると25mg/kgを静脈内投与したマウスではすべての移植心臓が100日以上生着しました。また 50mg/kg では移植心臓の拒絶までの期間は中間値で58日と延長し、0.5mg/k でも48日と延長しましたが、永久生着は得られませんでした。コントロールである無処置移植群と生理食塩水を静脈注射した群では拒絶までの中間値はそれぞれ8日と9日でした。よって熊胆から分離生成されたウルソデオキシコール酸に移植片の拒絶を抑える作用があることが判明しました。ではその免疫抑制の機序はなにかということです。移植免疫領域において拒絶反応を抑えるメカニズムとして4つの可能性が考えられています。Deletion, Anergy, Regulation, Ignorance です。これをわかりやすく説明するために、移植された臓器をサッカーの試合、サッカーの試合をぶち壊す連中をフーリガン、免疫制御細胞を競技場に配置されている警察官として考えてください。フーリガンがいなければ試合は妨害されずに終了します。この厄介なフーリガンを殺してしまうのがDeletionです。そして眠らせてしまうのがAnergyです。ともにフーリガンを役立たずにするわけですが、生体では骨髄と胸腺があり常時フーリガンに相当する攻撃型のT細胞が供給されます。殺しても眠らせても次から次に新しいフーリガンが試合会場に侵入するので常時フーリガンを殺したり眠らしたりするシステムが必要になります。つまり永久に薬を飲み続ける必要があるということです。一方Regulationとは試合会場に警察官を配備する方法です。この方法では十分な警察官を配備すれば、相当数のフーリガンが試合会場にいても平穏なままにサッカーの試合は終了します。Regulationの機序を作り上げれば、つまり警察官を配備すればその後の薬剤の投与は不要になります。Ignoranceは特殊でサッカーの試合をフーリガンから見えないように、つまり煙幕や霧でもかけていつの間にか試合を終了させるというアイディアです。
ウルソデオキシコール酸の移植片に対する免疫抑制は一回の静脈内投与で有効性が認められていますので、Deletionや AnergyではなくRegulationが関与しているのではないかと推察されます。ではどうやってRegulationの関与を証明すればいいのでしょうか。それには細胞の移入実験というのをやります。免疫抑制が働いていると考えられているネズミの細胞(通常は脾細胞)を無処置のネズミに静脈内投与して、その後心臓移植をします。無処置のネズミの脾細胞を無処置ネズミに静脈内投与して心臓移植をしても、その心臓は中間値9日で拒絶されます。ところがウルソデオキシコール酸の投与を受けて心臓移植され100日経ったネズミの脾細胞5x10個を無処置のネズミに静脈内投与し、心臓移植をすると60%のネズミで移植された心臓は100日以上拒絶されません。このことは移入された脾細胞に警察官、つまり免疫制御細胞が存在していたことを意味します。そして移入する細胞を脾細胞ではなくCD4陽性細胞に分離してから移入を行うと、2x10個のCD4陽性細胞の投与ですべてのレシピエントで心臓は100日以上生着しました。つまりCD4陽性細胞が免疫制御細胞であったことが判明しました。よってウルソデオキシコール酸は一回の静脈内投与で移植心臓の拒絶反応を抑制し、その機序は免疫制御細胞の誘導が関与していたということがわかりました。唐の時代から漢方薬として使用されていた熊胆、その生成分離品であるウルソデオキシコール酸の有効性が現代移植外科領域でも確かめられたわけです。
ところが、このストーリーはわたしが望むものではありません。どうも漢方的ではありません。熊胆という山からウルソデオキシコール酸という宝物を拾い出したわけで、なんだか現代西洋医学的な思考に思えます。素晴らしいことですが、麻黄からエフェドリンを単離生成した長井長義先生の業績と同じ思考です。

漢方らしさとは

では漢方らしさ、東洋医学的思考に近いことはないだろうかと思い巡らせました。そして今は、以下の二つが言えれば漢方らしいのではないかと思っています。

  1. ある漢方方剤や生薬が生体の状況により正反対の作用を持つ。漢方処方は生体の条件によって利き方が異なる。生体の条件により、五苓散が利尿作用と水保持作用をもつことや、大黄が瀉下作用と下痢止め作用をもつことや、半夏白朮天麻湯が高血圧・低血圧にともに効くことなどです。
  2. 生薬単独での効果よりも、漢方方剤となるとより強力な、または別の作用を持つ。漢方薬は単一成分薬理の総和ではなく、多成分系の薬理であるということです。

漢方方剤の経口投与による移植心の生着延長効果

ドナーを黒ねずみ(C57/BL10)、レシピエントを茶色ねずみ(CBA)として心臓移植を行いました。レシピエントには心臓移植後0日から8日まで連日特殊なチューブを胃まで挿入しシリンジで漢方薬を飲ませました。投与量は毎回20mg/kgです。日本での投与量の約6倍となります。その結果は以下で、拒絶の中間値で示すと、精製水:7日、小柴胡湯:7日、桂枝伏苓丸:7日、四君子湯:7日、小青竜湯:7日、温清飲:7日、四物湯:8日、黄連解毒湯:8.5日、十全大補湯:9日、補中益気湯 :12日、苓甘姜味辛夏仁湯:13日、麻黄附子細辛湯:14日、人参養栄湯:18日、柴朴湯:18日、当帰四逆加呉茱萸生姜湯:22日、当帰芍薬散:47日、柴苓湯:100日以上 となりました。
よって漢方薬の8日間の胃内投与で以下のことがわかりました。

  1. 無処置のネズミでは移植心は7日で拒絶されるが、その拒絶日よりも早く拒絶を誘導した漢方方剤はない。つまりどの漢方薬も移植片の拒絶を促進するものはなく、腎臓移植後の患者などにも安心して使用できる可能性が高い。
  2. 十全大補湯や補中益気湯のように動物実験や臨床研究で対癌免疫を亢進させると思われている漢方方剤でも、移植心臓の生着は延長する。つまり、生体の状態によって、ある場合には対癌免疫の亢進に働き、ある場合は移植免疫の抑制に働くことが示唆された。
  3. 当帰芍薬散や柴苓湯は著明に移植心の生着を延長した。いままで経口薬剤でここまで移植心臓の生着が延長したことは少なく、ある意味驚異的な結果である。

そこで、柴苓湯に着目して更なる実験を行いました。柴苓湯を経口投与したCBAマウスでのC57/BL10マウスの心臓を拒絶した日の詳細は9, 13, 25, 25, 33, >100, >100, >100, >100, >100, >100日 でした。柴苓湯は小柴胡湯と五苓散の合方であるので、小柴胡湯と五苓散の経口投与による移植心生着延長効果を調べました。小柴胡湯は拒絶日が7,7,7,7,13日で中間値7日、は五苓散7,7,8.8.8.8,8,28日で中間値8日でした。よって、小柴胡湯と五苓散とも単独では柴苓湯と同じ効果はまったく引き出せないことがわかりました。また小柴胡湯の構成生薬は七味で、移植片拒絶の中間値は 柴胡:8日、黄芩:9.5日、人参:7日、甘草:実験中、半夏:18日、大棗:8日、生姜:実験中でした。一方五苓散の構成生薬は五味で、移植片拒絶の中間値は茯苓:18日、猪苓:7日、蒼朮:8日、沢寫:実験中、桂枝:実験中でした。
よって成生薬レベルでも単独で柴苓湯ほど有効なものはまったくありませんでした。
移植心生着のメカニズムとしてRegulation の関与を調べるために、細胞の移入実験を行いました。すると、柴苓湯投与により心臓を受け入れたネズミから脾細胞を取り出し無処置ネズミに静脈内投与し、すぐに心臓移植を行うと、それらの心臓の拒絶日は 15, >50, >50, >50, >50, >50, >50日 であり、免疫制御細胞が誘導されていることが確かめられました。
以上の結果は構成生薬レベルでは無効で、かつ小柴胡湯と五苓散という漢方方剤レベルでも無効で、柴苓湯という漢方方剤でのみ得られた結果でした。現代西洋医学が目指している大きな山から宝物を探すという思考では得られない結果と思われます。西洋医学的思考でも相乗効果というものがあり、上記の結果はそれと変わらないのではとの反論を受ける可能性があります。敢えて言えば、現代西洋医学では単剤として有効であったものを後日重ね合わせて相乗効果があったという場合がほとんどであり、単剤としてはほとんど有効でないものを組み合わせて薬剤として使用されているものは私の知る範囲では存在しません。漢方の長い長い歴史が、わずか50年の現代移植医療にも有効であったことはわたしにとって驚くべきことでした。

 
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